今回のブログでは、日本とASEAN諸国における中小M&Aの株価目線について取り上げさせて頂きます。(本ブログは筆者の私見であり、筆者の所属する法人の見解ではありません。)
足もとにおける世界の株式市場
本ブログ執筆時点(2022年6月中旬)において、日本をはじめ世界の株式市場は不安定な状況となっており、株価が下落しています。これは、ロシアのウクライナ侵攻による物価上昇やアメリカFRB(連邦準備理事会)による金融引き締め等に起因していると言われています。ところで、ここで言及した株価とは、各国の証券取引所(東京証券取引所、ニューヨーク証券取引所等)において取引されている上場会社株式の価格を意味しています。
非上場会社の株式評価法
それでは、証券取引所における取引価格のない非上場会社株式の価格はどのように決まるのでしょうか。日本では相続・贈与の場面における財産評価基本通達に従った評価法である類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式等に馴染みがあるかもしれませんが、第三者間のM&Aでは異なる評価法が一般的となっています。
例えば、評価対象会社の純資産に着目した時価純資産法、評価対象会社と類似する上場会社の株価と比較する類似上場会社法、評価対象会社の将来キャッシュ・フローに着目したDCF法(または、フリー・キャッシュ・フロー法)といった評価法があります。なお、このような評価法を用いつつも、最終的には当事者間の合意により株価は決定されることには留意が必要です。
日本とASEAN諸国における株式評価法
日本の中小M&Aでは、評価対象会社の時価純資産に収益力から算定された一定の営業権を加算して株式評価をするケースがよく見られるように思えます。これは、業歴が長く過去の利益の蓄積である純資産が高い水準となっているものの、足もとの収益力が低く単独では今後の大きな成長に限界のある中小企業が多いからではないかと思われます。
一方でASEAN諸国の中小M&Aでは、評価対象会社の将来キャッシュ・フローから株式評価をするDCF法を採用するケースがよく見られるように思えます。これは、業歴がそれほど長くないため過去の利益の蓄積である純資産は多くないものの、今後の大きな収益力の成長が期待される中小企業が多いからではないかと思われます。
下表は日本と一部のASEAN諸国の経済指標と上場会社の株価水準を比較したものですが、日本は過去の高度経済成長により現時点のGDPは飛びぬけて大きいものの、その成長は鈍化しており相対的にASEAN諸国のGDP成長率の方がはるかに大きい水準となっていることが分かるかと思います。
結果として、PBR(株価 ÷ 1株当たり純資産)とPER(株価 ÷ 1株当たり当期純利益)のいずれも概ね日本よりASEAN諸国の方が高い倍率となっています。
<日本とASEAN諸国の経済指標>
項目 | 単位 | 日本 | インドネシア | タイ王国 | フィリピン | シンガポール | マレーシア |
---|---|---|---|---|---|---|---|
名目GDP (2020年実績) |
十億 USD |
5,058 | 1,058 | 502 | 361 | 340 | 337 |
実質GDP成長率 (2023年予測) |
% | 1.2 | 5.1 | 4.3 | 5.7 | n/a | 4.5 |
PBR (株価純資産倍率) |
倍 | 1.35 | 2.17 | 2.05 | 1.47 | 1.34 | 1.53 |
PER (株価収益率) |
倍 | 13.00 | 16.67 | 15.84 | 16.74 | 13.63 | 12.77 |
(出所:The World Bank、Black Rock、Investing.com)
※PBRおよびPERはMSCIの構成銘柄に係るものである
以上のように、国としての現時点の経済力や今後の経済成長への期待の違いから、相対的に日本よりもASEAN諸国の株価への期待の方が大きく、これが中小M&Aにおける株式評価法への考え方にも影響を与えている可能性があります。国が異なれば会社の置かれている状況も異なり、その株価目線にも違いが出てくる可能性があることには留意する必要があるのではないかと思われます。