目次

 シリーズでお届けしている「マレーシアM&Aの現場から」の3回目です。海外M&Aの実情を身近に感じていただきたいという思いから、日本企業とマレーシア企業とのM&A事例に脚色を加えて書いています。
 中小規模の企業における事業承継に関する悩みは、海外でも日本でも、案外共通する部分があります。海外進出を計画している企業の方だけでなく、日本で事業承継をご検討いただいている経営者の皆様にもお楽しみいただければ幸いです。
 なお、人物名や企業名などはすべて仮名とさせていただきましたのであらかじめご承知おきください。
 全3回のシリーズ完結編です。

前回のあらすじ

 台湾出身のリー社長が、マレーシアで設立し大きくした作業資材メーカーの売却を決意した。譲受先として日本M&Aセンターから紹介されたのは、一度はマレーシア進出に失敗した日本の同業の鈴木工業だった。ところが、一代で会社を築き上げた事を誇りにするリー社長は、鈴木工業側が提示した株価に難色を示し交渉は難航。だが、鈴木工業の玉木副社長による粘り強い説得が功を奏し、交渉はいよいよ終盤へ……。

終幕へ、リー社長の真の望みとは……

「相手が日本企業で良かった」

 交渉自体は1年ほどで完了したが、途中では何度か破談しそうになるドラマチックな展開だった。買収価格は、鈴木工業が最初に提示した金額を若干、譲歩することで折り合った。リー社長は金額より、「従業員が困らない形での名誉ある撤退」が本当の望みだったのだ。
 交渉がすべて終わり、買収が完了してからリー社長がしみじみと語ってくれた。

「相手が日本企業で良かった。他の国の企業だったら、ワシの会社の経営実態を見て、こんなに根気強く話し合いをしてくれなかっただろう。ワシも世間のことがわかっていないわけじゃない」

「交渉の場にいつもM&Aアドバイザーが立ち会ってくれたのがうれしかった。見ての通りワシはすぐにカッとするタイプだから、アドバイザーが時折、冷静に数字などを出してくれると助かる。あなた方の話がずいぶんヒントになったよ。ワシと玉木副社長と二人きりだったら、取っ組み合いのケンカになっていたかも。いやこれは冗談」

「日本企業と聞いてちょっぴり警戒していたのは、日本の買収ファンドが興味を示してくることだった。ファンドといっても様々だから偏見を持ってはいけないのだが、ワシとしては日本の事業会社が良かった。幸いなことに日本の同業社で企業再生をこれまで手がけたことがある、と聞いたから、これは正直、うれしかったね。ワシの部下たちも一生懸命、企業再生に協力すると信じている。みんないいヤツらなんだ」

交渉後も気が抜けない。クロスボーダーM&Aならではの難関も

 土壇場で気をもんだことがある。買収契約は調印したのだが、現地のお役所仕事のあおりを受け、不動産取得の承認に4か月近くかかった。せいぜい1~2か月だろうと見込んでいたのに当てが外れたが、日本M&Aセンター主導のもと現地に精通している弁護士事務所と共同で行政と交渉し、これ以上の延期を防ぐことができた。他の国でもしばしば起きることなので注意しなければならない。

 手続きがすべて終了してから、リー社長の会社の全従業員を集め、盛大なパーティーを開いた。買収によって経営体制が変更になることは、現地の従業員に何らかの形で伝える必要がある。その際、現地の幹部に任せきりにしないで、新会社を経営する立場にある日本企業も一緒になってイベントに参加すると喜ばれる。
 やはり現地会社の従業員は不安なのだ。買い手の日本企業の幹部が顔を出して、おいしい料理を食べて歌ったり踊ったりすれば、現地の人々の安心に繋がる。
 日本のしっかりした会社が面倒を見てくれるならば、今までより会社は発展するという期待が出てくる。現地の従業員のためにも、人間同士のぬくもりを感じさせるイベントを時々開く気遣いを見せたい。

譲受側が打つべき手とは


「買収して終わり、ではありません。そのあとが大事なんです」
 玉木副社長が独り言でも言うように、パーティーの席でつぶやいた。鈴木工業は、インドネシアだけでなく、日本国内でも経営難の小規模同業者を買収して数年がかりで黒字の会社にしており、事業再生案件に強いという自負はある。しかし、マレーシアでこれまでのやり方が通用するかは未知数だ。

交渉中からキーパーソンとの絆を深める

 玉木副社長らは、交渉の過程から、買収成立後を見越して手を打っていた。力を入れたのは、現地スタッフのうち誰がキーパーソンなのかを見定めることだった。数人に的を絞って鈴木工業の仕事のやり方を伝え、個人的に心酔してもらえるほどの太いパイプを築いた。もちろん何度となく食事を共にして、親睦を深めた。
現地幹部を味方につけたからこそ、彼らが「リー社長、売却先は鈴木工業にしましょう」と進言してくれたはずだし、買収後は彼らが現場のワーカーに「これからの仕事の進め方はこう変わる」と説得してくれたに違いない。期待通り、買収成立から1年後には新工場建設の話まで具体化した。

本社側のキーパーソンは経理幹部?

 もうひとつ、玉木副社長は日本の本社経理部門の幹部にも、今回のマレーシア買収の経緯について、節目ごとに詳しく説明していた。買収金額にこれくらいかかりそうだと、社長や経理の幹部らと早くから相談している。経理部長からは「手元資金のやりくりで何とかなります」との報告を受けていた。
 だが譲受が完了して自分の会社になってから、在庫処理や不良債権の処理などの作業にどれくらいの経費がかかるかは、経理と順を追って詰めないとならない。経理の立場からは、金融機関に事前にささやいておく必要があるかもしれない。
 何より本体の財務内容の著しい悪化は避けたい。それがわかっているだけに、玉木副社長は本社経理も買収の当事者としてプロジェクトに参加してもらう意識を持たせていた。このあたり、海外M&Aの経験がある企業の経営幹部らしい気の回しようである。

トップが最初から交渉にあたる

 今回のM&Aを振り返り、教訓として残るのは、最初から決定権のある責任者(玉木副社長)が現地へ行き、直接話し合うことが大切だということだろう。即座に、良いまたはダメという判断ができる。また、その場で片付かない問題は「このような理由があるので即答できない。いつになれば返事をする」と明確に答えられる。交渉相手は安心するし、信頼感を寄せてくる。
 日本の特に大企業の意思決定の遅さは、世界的に評判が悪い。すぐに返事をしないのは、丁寧に点検している証拠だし、社内の複数の部署が少しずつ関与して合意形成するという日本的経営の良い面もある。しかし、タイミングを逸してしまうことも多い。中堅・中小企業でも同様なケースはないだろうか。今回のストーリーの玉木副社長のように、トップが最初からコミットする。これがM&Aの要諦である。

ストーリーで知るM&A事例

 「マレーシアM&Aの現場から~ストーリーで知るM&A事例」完結編はここまでとなります。
 ここまでお読みいただきありがとうございました。ぜひ、海外進出や事業承継をご検討中の皆様に参考になれば幸いです。
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