目次

 前回からお送りしている「マレーシアM&Aの現場から」の2回目です。本シリーズは、海外M&Aの実情を少しでも身近に感じていただければと思い、私もたずさわったマレーシアでのM&A事例に脚色を加えた物語調でご紹介させていただくシリーズです。
 海外M&Aと言っても、海外特有の問題もあれば、日本とさほど変わらないような問題も多々あります。この物語は、海外進出を検討する方のみならず、日本で事業承継に関するお悩み事をかかえている方にも参考にしていただけるのではないかと思ってます。
 なお、人物名や企業名などはすべて仮名とさせていただきましたのであらかじめご承知おきください。
 全3回のシリーズです。ぜひお楽しみください。

第1回「マレーシアM&Aの現場から~ストーリーで知るM&A事例(1)」はこちら

前回のあらすじ

 台湾出身のリー社長は、30年前にマレーシアに移住し、産業資材メーカーを経営している。地元同業者の間では「名士」とも呼ばれるまでになった。62歳になり引退を考えるようになったが、一人息子は継ぐ気はなく、一度は国内の同業他社への売却も検討したが物別れに終わった。その後、海外企業への売却を検討するようになり、日本M&Aセンターのマレーシア現地法人を訪れた。マレーシア政府から「ダトゥ」の称号を授与されたことを、威勢よく語るリー社長だが、会社経営ではどうやら財務に弱点がありそうだった……。

再チャレンジを期す日本のメーカーがM&Aに挑む

私が引き受けます

 リー社長の会社に興味を示したのが、大阪に本社のある鈴木工業だった。鈴木工業はリー社長の会社と同業、しかもインドネシアに進出済みで海外経験がある。実は20年以上前にマレーシアにも進出したが、競合に太刀打ちできずに断念、再チャレンジを考えていた。日本M&Aセンター主催の「ASEAN M&Aセミナー」に参加した際には、「マレーシアでM&Aを検討したい」との希望を語っており、日本M&Aセンターとしても良い案件がないか調査していたところだった。

 タイミングがかみ合った。

「社長、私がこの仕事を引き受けます」
 鈴木工業の玉木副社長自らが名乗り出て、陣頭指揮を取ることになった。玉木副社長はかつて同社がマレーシアに進出した際の現地駐在員で、現地のマーケット事情についての勘がある。むろん社長が玉木副社長に寄せる信頼は絶大だ。このプロジェクトに関して文句なしの最高責任者といって良い。「オレが動かなかったら、誰がやる」の気構えで、若手社員2人を連れ、最初の交渉から買手企業のトップが現地に乗り込んだ。

段ボールの山……

 熱帯特有のムッとする風を全身に受けながら、クアラルンプール郊外にあるリー社長の工場に到着する。リー社長側も現地の幹部3人を待機させ、にこやかな雰囲気で出迎えた。玉木副社長らはご挨拶にと、日本酒をお土産に持ってきた。酒好きのリー社長は日本酒についても良く知っており、最初は酒談義で盛り上がる。

 ひととおり会社の現況を聞いた後、現場の工場を見せてもらう。工場内に入った途端、目に付くのは製品のヤマ。倉庫には段ボール箱がぎっしり積まれている。その裏の空き地にもズラリと山積み。「いくら何でも在庫が多過ぎる。本当に赤字額はあの数字で合っているのか。買収監査をしっかりやってもらわないと……」と、玉木副社長から日本M&Aセンターに要請が出た。

本音の交渉開始

難航する株価交渉

 1か月ほど後に、日本M&Aセンターが依頼した現地の会計事務所から監査結果が届いた。財務状態が、先方の説明よりはるかに悪い。会社運営が行き詰まる寸前にまできている。リー社長が会社売却を急いだのは、後継者問題もさることながら、放置すると会社が倒れるのを察知していたからに違いない。
 次の交渉時、玉木副社長は正面から切り込んだ。

「財務状態がだいぶ悪い。在庫評価が不正確ですが、もはや債務超過状態でしょう。相当メスを入れないと御社は立ち直れない。とはいえ、現地の顧客を持っておられるので、このまま消滅するのはもったいない」

 玉木副社長はストレートに指摘したうえで、この価格ならば全株買い取ると具体的な金額を提示した。

 リー社長の顔がみるみる赤くなる。
「一体、何を言っているのだ。決算の数字は確かに不備なところがある。それは直さないといけない」
 あっさりと粉飾を認め、臆面もなく金庫から正しい書類を出した。その一方で、株価面での不満に声を荒げる。
「それほどワシの会社を低く評価するとは、失礼ではないか」
「ワシの会社に資本を注入して再建させれば、あなたの会社はマレーシアに拠点を作れる。今さら一から工場を作って販路を開拓するなんて、そんな時間のかかることはできないだろう」
「あなたの会社のルートを使って原料の調達先を新しくすれば、コストは大幅に下がる。そうすれば経営が安定するはずだ」

 玉木副社長はリーさんの目をみながら、こう答えた。
「それはわかっている。我々はインドネシアで傾いた会社を立て直して、ちゃんと利益の出る会社にした経験がある。あなたの会社には技術力があるから、原料の仕入れ先を変え顧客を逃がさないようにすれば、再生できる。従業員の首切りはしない。約束する。だが、買収価格はこれが適正だ」

 リー社長は興奮すると、近くにあるものを床に叩きつけるほどの激情家。だが、玉木副社長の「従業員の面倒をきちんと見る。会社を存続できるようにしてみせる」の言葉が胸に響いた。その後、交渉を重ねるうちにリー社長からこんな言葉が出るようになった。
「玉木さん、あなたは信用できる。ストレートなモノの言い方がワシは好きだ。マレーシアで存在感を強めたいというあなたの情熱は昔の自分を見るようだ」
 リー社長は、玉木副社長にほれ込んでしまったのだ。

鍵はコミュニケーション

 交渉がこじれると、英語によるコミュニケーションがうまく成立するのかと心配する人がいる。大丈夫、心配いらない。アジア人は基本的には英語を第2外国語として使っている。日本人にとっても英語は母国語ではない。お互いさまである。ゆっくりでいい。文法が多少間違っていてもかまわない。極端な話、単語を並べるだけでも、黙っているよりはるかにいい。相手に何を伝えたいか、伝える内容が一番大事だ。話が込み入ってきたら、日本M&Aセンターの現地駐在員などに英語の通訳を頼むなど方法はある。

 マレーシアは英語が広く普及しているが、マングリッシュ(マレーシアン・イングリッシュの略)と呼ばれるほどの独特の使い方をする。シンガポールはシングリッシュ(シンガポーリアン・イングリシュの略)といわれるお国独特の英語で、最初のうちはわかりにくい。日本では英語の上級者は別にして、多くのビジネスパーソンは社会人になって仕事の必要上から英語を使っているのだから、カタカナ・イングリッシュと冗談で言われてもしかたない。要は相手に言いたいことがきちんと言えるかどうかだ。

 玉木副社長はこの点、迫力満点だった。結果として、リーさんと友情関係を築いてしまった。

ストーリーで知るM&A事例

 「マレーシアM&Aの現場から~ストーリーで知るM&A事例(2)」はここまでとさせていただきます。
 難航する交渉過程で、すっかりリー社長の信頼を獲得した玉木副社長。次回の最終回では、買収の終盤とその後について書いてみたいと思います。次回もぜひお楽しみください。

「マレーシアM&Aの現場から~ストーリーで知るM&A事例(3)」はこちら
尾島のその他の投稿はこちらから

マレーシアにおけるM&A

 日本M&Aセンター 海外事業部では、日本企業による海外企業の買収(In-Out)、海外企業による日本企業の買収(Out-In)、海外企業同士の買収(Out-Out)を数多く手掛けてまいりました。
 こちらではマレーシアでの実際の事例をご紹介いたします。

「今後の成長を見込んで」マレーシアに進出した日本企業のM&A事例

 マレーシアでの拠点探しで出合ったのは、製品、顧客層、マーケット環境がよく似たマレーシア企業でした。世界のトップを目指す、という日本企業のマレーシアM&A事例です。
コロナ禍におけるクロスボーダーM&Aでのマレーシア進出

海外M&Aについてご検討の方へ

 日本M&Aセンターでは、中立な立場で、譲渡企業と譲受企業双方のメリットを考慮にいれたM&Aの仲介を行っております。海外進出や事業継承に関するお悩みはいつでもお問い合わせください。
日本M&Aセンターの海外M&A支援サービス
その他の「日本M&Aセンター海外M&A支援サイト ブログ&コラム」を読む

新着ブログ記事

その他の記事を見る